◆日本唯一のハゼロウ工場

福岡は博多から有明海をめざし2時間ほど車で南下、水郷の街・柳川を越えた
みやま市江の浦に、日本にほぼ唯一となってしまった櫨蝋(ハゼロウ)工場があります。


「ハゼロウは日本でしか作れないんですよ。」

かく語るは、荒木製蝋合資会社をとりしきる荒木眞冶さん。


荒木製蝋ではハゼロウ(木蝋)を搾り、主に和ろうそくの原料として国内に流通させる一方、STAR-CHERRY印をトレードマークに、医療、化粧原料としてドイツ、チェコ、アメリカなど海外にも輸出しているそうです。
◆ハゼロウの最高峰

ハゼの原種は中国から伝わったが、結晶が小さく粘り気が強い「日本酸(JapanAcid)」が多く含まれる質のよいハゼの実は、日本の風土でしか採れないという。

特に、江戸時代久留米で発見された「松山種」が最高品質の輸出品としても高い値で取引きされた。


◆ハゼロウの現状

現在、国内では和ロウソクへの用途が中心ですが、相撲さんの鬢(びん)付け
油やポマード、口紅などの化粧品、医薬品のカプセル、高級家具の艶出し、クレヨンなどの原料にも使われているという。

最近では、携帯電話の基盤やトナーなどにも使われ、ハゼロウの需要は一定量あるというが、作りたくても原料のハゼの実を確保するのが一番大変だという。


「ハゼの木は九州一円にまだまだあるんですよ。でも、ハゼの実を採る人が減ってしまって・・・。」と荒木さんは嘆く。

「ハゼは枝を切ってしまうと3年間は実がならない。だから、枝を落としての収穫ができません。

5メートルにもなる木に登って一房ずつ摘みとらないといけないんです。昔は、木にロープを掛けて摘みとる技をもった農家の採り子さんがいたのですが、今はそんな技をもった人もいなくなりました。」


荒木製蝋でも、一年を通して製蝋を行うだけのハゼの実の確保には苦労するという。

さらに、ハゼの種も交雑してしまい、質のよい松山種などはわからなくなり、質の低下も危惧されている。

◆揺らぎのある炎

「ハゼロウで作る和ろうそくは、パラフィンのものよりススが少ないから、仏像や部屋を汚したり痛めない。

融点が低いから上品で柔らかい独特の揺らぎのある炎があがり、だから心に響くと思うんです。」

荒木さんは、近隣の寺社に手間賃だけで中途で消した和ろうそくを再生するから、もっと使いませんかと声を掛けたこともあったそうですが、なかなか使ってもらえず、ほぼ和ろうそくとしての需要は京都や滋賀が中心という。


「和ろうそく独特の炎は、い草(灯芯草)を和紙に巻いてつくる灯芯のお陰なのですが、灯芯職人さんもほぼいないのが現状です。」

現在、灯芯は、和ろうそくの職人さんが自分たちで巻いてつくっている。

◆ハゼロウの未来

材料の減少、職人の不在、同業者の不在と光明が見えない状況が続くが、明るい話題もある。

久留米でハゼの「松山種」を復活させる運動(「松山櫨復活委員会」)がたちあがったり、平安期には盛んであったハゼを使った染物(櫨染<はじぞめ>)が復活したりしているという。

また、ハゼロウを使った石鹸やハゼロウ・クリームといった商品化にも力を入れている。


「本当は10年後を見据えてハゼの木を植樹して守っていきたい。でも、ハゼは実が採れるまで植樹してから10年かかるんです。とりあえず、今あるハゼをもうすこし実を採り易く低く剪定し、3年後には実を摘めるようにして守っていこうと思っています。」

日本人にとって近くて遠い存在のハゼロウ。伝統の文化の灯を絶やさぬ活用のアイデアをユノカでも考えてみたい!と思わせる取材でした。


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