葉菖蒲の出荷を直前にしてお忙しい中、葉菖蒲の茂る田んぼの中から大里仁一さんは笑顔で我々を迎えてくれます。 「震災の影響で出荷スケジュールが乱れたり、この時期は蓮根の種植えと葉菖蒲の収穫がかぶるんで、いろいろ作業をやりくりしなければならないんで忙しいんだわ。」 茨城といえば蓮根の生産日本一。大里さんも蓮根と葉菖蒲を栽培しています。
「葉菖蒲は端午の節句用としてしか出荷されることがないんで、5月5日までに店頭に並ぶように収穫、出荷しないと、まったく価値がなくなってしまうから大変だ。」
「極力農薬を使わず育てるようにはしているんだが、葉菖蒲は縁起もんだから虫食いがあったら買ってもらえん。だから完全無農薬ちゅうわけにもなかなかいかんのよ。」 現在、行方には葉菖蒲農家は15軒ほどあるが、数は減りつつあるという。成長具合や出荷時期がシビアで意外と手間がかかるのが原因ではないかと大里さんはいう。 端午の節句に葉菖蒲や蓬(よもぎ)を門にかざったり、菖蒲湯に入る風習も若い人には馴染みのないものになってきているのも無関係ではないだろう。
そもそも、端午の節句になぜ菖蒲かというと、古来中国では、端午の邪気を払い健康を祈願して、菖蒲や蓬を門につるしたり、菖蒲酒を飲む習慣があった。菖蒲や蓬の強い香気が邪気を祓(はら)うと考えられていたから。 もともと日本では、5月の田植え前に女だけが家に閉じこもって穢(けが)れを祓い身を清める「忌み篭り(いみごもり)」という習慣があり、先の中国伝来の邪気祓いの風習と結合し「端午の節句」の習慣になったという。つまり、元々は女性の儀式だった。
それが、「菖蒲」が「尚武」(武事・軍事を重んじること)と同じ読みだったり、菖蒲の葉が剣の形を連想させることから、武家社会においては男の子の成長を祝い健康を祈るという男の子の祭りの日になった。
ところで、この葉菖蒲、アヤメ科のアヤメや花菖蒲とよく混同されますが、葉菖蒲はサトイモ科の植物で全くの別物。中国で邪気祓いに使われた菖蒲はサトイモ科の石菖(せきしょう)で、葉菖蒲と同じ仲間で強い香りをもつが、花菖蒲の根や葉には強い香りはありません。 別府の鉄輪温泉には、、むし風呂といって温泉の蒸気を利用したサウナのようなものがあるのですが、ここで床に敷き詰められているのは石菖の葉です。
現在では、門に菖蒲を飾ったりするよりは菖蒲湯に入る習慣の方がまだ残っていると思われますが、一般庶民が菖蒲湯を愉しむようになったのは意外に遅く、江戸時代になってから。 長屋暮らしの庶民も暑い夏を無事に越せるようにと願い、湯屋で菖蒲湯を愉しんだのだろう。 ちなみにお風呂の中で菖蒲の葉の鉢巻をしめるとさらに効果が高まるなんて話も。
鉢巻の話は別にして、菖蒲湯は文化的風習といった側面だけでなく、科学的な根拠もある使われ方といえます。 さすがに、今も行方の各家庭では端午の節句には菖蒲は欠かせないという。お世話になった北浦営農センターの野原さんも、葉菖蒲の香りが季節の風物詩になっているという。
ユノカでは大里さんにお分け頂いた葉菖蒲の葉や根から葉菖蒲蒸留水を採取してみる予定です。端午の節句以外の用途がうまれれば、微力ながら葉菖蒲栽培の減少を少しはとめることができるかも、と思いながら。
ユノカ・サイトへ